
はじめに
こんにちは。契約マネジメントプラットフォームのクラウドサインの開発に携わっている永田です。
当社では新卒採用において海外エンジニアも採用しており、今回はじめてベトナム新卒のエンジニアをチームに迎えました。
※当社が海外エンジニアを採用した理由、ベトナム新卒エンジニアによる記事がございますのでぜひご一読ください。
本記事ではメンターとして半年間取り組んだ内容、実際に改善を繰り返しながら試行錯誤した過程と、そこから得られた学びを共有します。
特に言語の壁を「AI ツール」と「Working Agreement1」で乗り越えようとした試行錯誤は、国際的な環境での開発チーム開発に興味があるかたや、似たような状況に直面しているかたの参考になれば幸いです。
前提:チーム環境と新卒メンバーについて
この記事で共有する経験は、以下のような環境での取り組みです。
- 社内の会議やドキュメント、日常のやり取りはすべて日本語で行われている
- 活発な議論や調整が日常的に発生するスクラム開発するチームである
- 新卒メンバーは日本語能力試験 N2 取得済みである
受け入れ準備:事前に行った取り組み
母国語が異なるメンバーを受け入れるにあたり、以下のように事前準備をしました。
以下の点に注意した資料作成
- 同義語による迷いがなくなるように、ユビキタス言語を明確に定義
- 複数の資料を参照しないで済むように、情報を一元化
サポート体制の構築
- 各新卒メンバーにそれぞれメンターをアサイン
- メンターだけでなくリーダー、マネージャーとの定期的な 1on1 のスケジュール設定
オンボーディング用のタスク選定
- 作業内容、受入条件を明確にしたタスク選定
実際に見えてきた課題
実際に新卒メンバーをチームに迎え、一ヶ月ほど一緒に働いたところで、具体的な課題が見えてきました。
1on1 やレトロスペクティブを通じて、ベトナム新卒のメンバーから以下のような困りごとを共有してもらい、特に課題だと感じたものは以下の 2 つです。
言語面での課題
- 文法的な間違いを恐れる気持ち
- 適切な言葉が見つからない場面での困惑
- 会議や雑談の場で発言したいが、適切な日本語が思い浮かばず発言できない
心理的な課題
- 仕事にも日本にも慣れていない
- 専門用語や業界用語の理解不足
- 技術的な力不足感
課題解決のために取り組んだこと
前述の問題に対してチームで取り組んだ具体的な内容は以下のとおりです。
1. AI を活用した文字ベースのコミュニケーション強化
日本人同士の会話だと、会話の速度も早く聞き取れないときがあることへの対応として生成 AI を利用しました。
具体的に利用した機能は以下の 2 つです。
- Google Meet や Slack の Huddle で字幕機能を利用
- Gemini の自動議事録生成機能を活用
議事録は、特に以下の点で優れていました。
- 何度も自分のペースで振り返ることができ、会議後のキャッチアップを可能にした
- 前後の文脈があるため、正しく生成されなかった部分も他の生成 AI で補完ができる
2. Working Agreement の作成
チームで議論し、安心してコミュニケーションがとれるように Working Agreement を作成しました。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」という日本のことわざの紹介や、以下の点を再確認しました。
- 質問はコストではないこと
- 成果を出すことに対する焦りは不要であること
- 質問することでチームのスピードが落ちることを気にせず、積極的に質問してほしいこと
3. タスクの積極的なアサイン
新卒メンバーを担当者として積極的にタスクを任せるようにしました。
実際に手を動かしながら資料を参照したりすることで、仕事の流れに対する解像度が上昇したと感じます。
またタスクを任せることは「日本語が完璧でなくてもコードでチームに貢献できる」という成功体験を積んでもらうために重要なことでした。
4. モブプログラミングの実施
モブプログラミングについてはモブプロが最高だった話をご覧ください。
実際のコーディング作業を通じた技術的な知見の共有、コミュニケーションの活性化を図りました。
新卒メンバーにもドライバー役をやってもらい、日本語の指示に従いコーディングする練習も行いました。
ただし、始めた当初は既存メンバーの実装速度が早すぎて苦手意識を与えてしまう場面もありました。
現在は会話速度を緩めたり、質問解説の時間を多く取るようにする改善を続けています。
5. 1on1 の頻度と内容の調整
メンターとして 1on1 を実施する中で、新卒メンバーの状況に応じて頻度と内容を調整していきました。
配属直後は不安や疑問が多いため毎日 30 分の 1on1 を実施し、チーム全体では聞きにくい実務の質問やプライベートな話を通じて信頼関係を構築しました。
慣れてきた頃に本人と相談して週 1 回 30 分に変更し、前述したタスクのために使える時間を確保するような調整も行いました。
これらの調整はメンターとマネージャー・リーダーが定期的に情報共有し、新卒メンバーの状況をチーム全体で把握しながら進めることができたため、メンターとしても安心感のある環境で支援できました。
6. その他の取り組み
- 会話しやすい環境作り: 誰に向けた発言かわかりやすいように、対象者の名前を呼んでからの発言。平易な言葉選びを意識
- 輪読会への参加: 音読を通じた日本語の発音・読解力の向上と、議論を通じた技術知識の向上を両立
- 深夜メンテナンスへの参加: チームメンバーも参加し、何かあったときのサポート体制を確保したうえでの多様な業務への挑戦
振り返りと、チームが得た 2 つの核心的な学び
半年間の取り組みを通じて得られた学びを整理します。
学び 1: 多様性はコミュニケーションの「仕組み」を作る
今回行なった施策は、日本語に不慣れなメンバーのための特別な配慮ではなく、チーム全員のコミュニケーション能力を向上させる機会となりました。
「平易な言葉選び」や「AI 議事録機能」といった施策は、日本人メンバー間でも過去の決定を振り返るときの助けとなり、曖昧な会話や思い出す時間を短縮する効果がありました。
学び 2: 不安の解消には「成功体験」が役立つ
言語や文化が異なるメンバーが入って、はじめて『私たちは何を不安に思い、どう協力し合うべきか』を言語化する重要性を痛感しました。
Working Agreement の作成は、これまで暗黙知として行われていたことを明確にできました。
技術的な力不足感や発言への不安といった心理的な課題を解消するには、「タスクの完遂」や「コードでの貢献」といった成功体験を積んでもらうことも大切だと学びました。
モブプロや積極的なタスクアサインは、この自信を育むための良いアプローチだったと感じています。
まとめ
ベトナム新卒メンバーを迎えた半年間の経験を通じて、以下のことが分かりました。
- 日本語に不慣れなメンバーのために導入した AI ツールや Working Agreement が、チーム全体のコミュニケーション向上と仕組み作りに繋がる
- Working Agreement の作成により、これまで暗黙知だったチームルールを明文化できる
- 言語や文化の違いが、より良いチーム運営を考えるきっかけとなる
「文化や言語の違い」はチームの弱点ではなく、より良いコミュニケーションと組織のルールを定義するきっかけを与えてくれます。
この経験が国際的な環境での開発チーム運営に挑戦されているかた、似たような状況に直面しているかたの参考になれば幸いです。
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- Working Agreement(ワーキングアグリーメント)とは、スクラムチームがパフォーマンスを向上させ、対立を軽減し、気持ちよく仕事ができるようにチーム全員で決めたチームの約束事のことです。↩