弁護士ドットコム株式会社 Creators’ blog

弁護士ドットコムがエンジニア・デザイナーのサービス開発事例やデザイン活動を発信する公式ブログです。

Customer Reliability Engineeringとはなんだったのか

この記事は弁護士ドットコム Advent Calendar 2023の9日目の記事です。

前日は @RINYU_DRVO さんの「Go html templateで書くhtmlメールのハマりどころと対処法」でした。

クラウドサインのサービスから送信されるメールに絡む出来事は、私もいろいろ目にしてきたため、ダイナミックに頷きながら読ませていただきました。 @RINYU_DRVO さんは何事にも貪欲にチャレンジされていて、いつも尊敬しています。


こんにちは。クラウドサインでCustomer Reliability Engineer(CRE)をやっている谷(@taaag51)です。 ストレイテナーというバンドを推し、愛し、人生を捧げている者です。

私は2021年に弁護士ドットコムへ入社し、早いもので来年で4年目に突入します。 CREからクリエイターズブログに寄稿するのが初ということもあり、CREを立ち上げ丸3年を振り返り、クラウドサインにとって、自分にとっての Customer Reliability Engineeringとはなんだったのか を言語化しました。

CREの役割は各社で異なる解釈をされていますが、「こういう解釈もあるんだな」と、これからCREを立ち上げようとしている方や、立ち上げて奮闘されている皆さんに活力を与えるような、ちょっとしたヒントになればと思って書いています。

背景

クラウドサインにCREという役割が生まれた理由

クラウドサインは、契約の締結から管理までデジタルで完結させる契約マネジメントプラットフォームです。 2015年のサービス開始以来、企業や自治体など多くの顧客にご利用いただいています。 サービスの成長と共に、利用場面のバリエーションも増え、それまでに想定していなかったような困りごとや課題が頻出するようになりました。 このような変化に対応するため、新しい職種としてCREが誕生しました。

当初、クラウドサインのエンジニアは、機能開発と並行して顧客からの技術的な困りごとの解決にも対応していました。 しかし、丁寧な顧客対応をすればするほど、開発リソースが圧迫されるというジレンマに直面していました​​。

そこで、「顧客にまつわる技術課題の対処を専任で行う役割」として、CREチームの構想が立ち上がりました。 エンジニアとの役割分担を進めながら、CREチームが社内の技術相談窓口となる体制を整えました。

CREの役割

CREの役割は、単に技術的な問題解決をすることではありません。 CREチームの主なミッションは、顧客に関わるすべての問題の真因を特定し、根絶することです。

顧客からの問い合わせや課題は、ビジネスサイド(セールスやカスタマーサービス)を介してCREチームに届けられます。 これに対し、単に「問い合わせ」として応対するのではなく、エンジニアリングの知見を用いて「本当の課題が何なのか」「なぜこれを知りたいのか」を突き詰めて解決する役割です。 伝わってくる情報から、洞察を得て、将来顧客が直面するであろう未来の課題にも先手を打つ、「困りごとがそもそも発生しないようにする」というビジョンを描き、真に顧客の信頼を得るという状態を目指して活動しています。

この活動には、ビジネスサイドとプロダクトサイドの双方の視点からの取り組みが必要不可欠です。CREは、これらの視点を融合させ、物事を多角的に捉えることで、中長期的な事業戦略において重要な役割を果たすと考えています。

また、近年ご利用が増えている、エンタープライズ企業の顧客にとっては、単体の製品としての枠を超え、クラウドサインを社内システムとどのように連携して使用するかが重要になっています。 顧客社内の状況やコンテキストから、対処すべき事象を特定して円滑なコミュニケーションを取るのもCREの責務の一つです。 これは、クラウドサインが国民的サービスになるにつれ、より重要度の増してくる活動といえます。

これらの活動を通じて、CREは 顧客の困りごとを的確に理解 し、 現在直面している問題の「最適な解決手段」将来にわたって解決すべき「課題」 の両方を、ビジネスとプロダクト双方の視点から特定し、対処します。

挑戦の歴史

3年間の歴史も簡単に振り返ってみました。

1年目

2021年、私の入社と同時にCREが立ち上がりました。「CREがエンジニアの支援を受けながら顧客からの技術的な問い合わせに対応する」という第一段階でした。 エンジニアが紡いできた歴史を紐解き、自立してやっていくにはというのを模索しながら、徐々にエンジニアが本来やりたい開発に注力できるようにしました。 この時点では「いかに業務を止めずにエンジニアの負荷を代替できるか」が最重要ミッションでした。

事業も猛スピードで伸び続ける中で増えていく課題に対処しながら成長していく、というチャレンジングな環境でした。

2年目

2022年には、複数のCREメンバが仲間に加わりました。1年目でなんとか立ち上がったCREを仕組みに移す番です。 1年間の反省を踏まえ、属人化していたり人力でやっていた部分を仕組みに落としていき、文書化も進めました。 「組織として成り立っていく」ということと、「引き続き伸びていく事業のスピードを落とさない」がこの時の為すべきことでした。

3年目

「いかに発生した課題を対処するか」を突き詰め、自立〜独立〜改善を推し進めてきた2年を経て、2023年は、これまでの2年とは全く違う動きをしました。

CRE立ち上げ時は「新しい職種だし」やるべきことをやりながら責務を明らかにしていこう、で済まされていました(済ませてしまっていました)。 それについては、「なんとなく責務が曖昧なままロールを立ち上げてしまった」という反省と、「当時はまず立ち上げて事業を前に進めることが先決だった」という2つの思いがあります。

その時を超えてチームも拡大し、責務の明確化「私たちが考えるCustomer Reliability Engineeringとは何者なのか?」の言語化をしなければいけない時が来ました。 ここから苦悩が訪れます。

過去2年間を見返すと、「サービスの伸長に必死についていきながら課題を片っ端から片付けていく」「その再現性を上げる」という取り組みをしています。 一方で、他社のCREの方のお話を聞くと、どんどんチャレンジングな新しい仕事をしている、と感じ、絶望の谷に入ります。

光明が見えたのは、半分以上年がすぎてからでした。 絶望の谷に入る、と表現したものの、手を止めていたわけではなく、相変わらずCREは課題に真摯に向き合っていました。 その中で考えたのは「1つ1つ具体的に解決する」ということです。

「CREという未知の役割に何か意味を持たせよう」と意気込んで考えても何も浮かばなかったものの、過去2年、数千を超える課題と向き合ってきた私たちCREは「課題と向き合って答えを導き出す」ということがいつの間にか無意識にできるようになったことに気づきます。

この自己認知が、絶望から抜け出すヒントでした。

この認知をきっかけに、「発生した課題の解決策を見出す」という視点から一段跳躍し、「なぜこの課題が発生するのだろう」「なぜこんな質問をしてくるんだろう」という課題に目を向けるようになりました。これが、クラウドサインのCREにとってのブレイクスルーでした。 「何が問題なのか?」「なぜそれを解決する必要があるのか?」という根本的な問いに取り組む中で、CREの役割が徐々に明確になってきました。 自らを プロダクト全体の価値を高める重要な要素 として捉えることで、プロダクト組織内での位置付けが明確になった瞬間でした。

ずっとたどり着きたかった、CREからプロダクトへ示唆を与える、顧客が困らない世界を作るという到達点へ一歩踏み出すことができました。

私たちはこの取り組みに対し "Customer Reliability Engineering" という名前をつけました。 「私たちのCREはこうである」を言語化し、それを元にさまざまな戦略、施策を編み出し、過去2年とは比べ物にならない速度で価値を生み出しています。

この具体的な施策については、別の記事やイベントでお話しさせてください。

CREとして大切にしていること

この歴史を踏まえて、CREとして大切にしていきたいことがいくつもありました。その一部を紹介させてください。

1.捉え方、伝え方1つで結果が変わる

大事にしていることの1つ目は、言葉の選び方とイメージの形成です。 慣例的に使われている言葉には、染みついたイメージが付随します。主観ですが、「ヘルプデスク」という言葉は受け身の印象を持ちます。 これに対し、まだ印象がついていない言葉を使うことでフラットに受け止められるようにします。 例えば、「相談」という言葉を使っています。これは依頼される側や作業者という印象を薄め、相互に解決に向けて協働していく積極的で前向きなイメージを作り出しています。

人は、気持ちや思いで動く生き物です。伝え方一つ、捉え方一つでポジティブに結果が変わるなら、少しでも良い結果がもたらされる手法を使っていきたいと考えています。

2.課題をポジティブな事象と捉える

CREは課題を「改善すれば良くなる点」であり「ポジティブなもの」と捉えます。課題はご褒美のようなもので、新しい課題を見つけることは楽しいものです。 私たちは「困りごとの真因を探り出す」ことが責務であり、見つけることに対してプラスのインセンティブに働きます。 結局は1.のものと似てきますが、捉え方を変えてポジティブな印象を与えることで、相談してくれる人が増えてきますし、課題を伝えてくれる人が増えてきます。

私は課題を見つけるヒントをくださった方には「ありがとう、あなたが相談してくれなければこの課題は見つけられかった」と必ず伝えています。 もちろんその場で解決できない課題もたくさんありますが、顧客に対しても「今後改善できるポイントを指摘いただきありがとうございます」伝えていただくよう、表現を配慮しています。「サービスの不便さや辛みを相談してくださる顧客も、私たちの協力者である」という考え方です。

3.説明がつくようにする

これは、当社のセキュリティ部門の方から教えてもらった考え方です。 CREはセキュリティチェックのような業務や、一言では答えづらいようなやり取りや、なんらかの意思決定をすることもあります。 複数の要素が関連して「えいや」で片付けたくなる欲求もあるかもしれませんが、私たちは「今自分が下した決定は、さらに何かを問われたら説明できるものか」を常に問うようにしています。

これは、顧客からの信頼に責任を持つCREとして不可欠なものですし、根拠を持って接するということは社内との信頼関係構築にも必須なものです。 「CREは何か根拠、理由を立てて話してくれれる」という信頼の積み重ねで、先に挙げた課題を伝えてくれるという状態にも達することができました。

おわりに

クラウドサインでCREという役割ができて、3年目を終えるまでの挫折と挫折と気づきを言語化しました。 何かを新しくやる、新しい概念を提唱する、ということは、暗闇の中で手作りで進んでいくしかありません。そこに正解はないと考えています。

この記事を読んだみなさんが「自分は昨日より前に進んでいる」「自分が選んだ道を正解にしていく」ということを心の片隅に置き、この記事が明日から"も"また新しい一歩を踏み出ときの勇気となる"触媒"となっていれば、こんなに嬉しいことはありません。

今回お話しした内容は、2023年10月に開催された 第20回 Customer系エンジニア座談会 でもお話ししています。合わせてご参照ください。

私たちは、3年かけてやっと「顧客にまつわる課題の真因を特定する」「課題の真因を根絶させる」という、私たちがなすべきことを見つけ、スタートラインに立ちました。

今は、まず「顧客にまつわる課題」をとにかく集め、「真因」を掘り下げ、蓄積している状態です。 ここから "Customer Reliability Engineering" として、何にどう対処していくのか、今までアプローチしてこなかった取り組みが始まります。

このアプローチ手法は、一緒に "Customer Reliability" を高めるために動いてくれる エンジニア、PdM、デザイナーの皆さんと一緒に動いたり、時にはCRE自らが動いてよりクイックに解決するということも考えています。

そういった未来を描くことに興味がある方、この記事をきっかけにクラウドサインのCREに興味を持ってくださった方がいれば、ぜひお話させてください。

hrmos.co


もう一つ宣伝です。弁護士ドットコムでは部活動も盛んに活動しており、私の所属する 本気音楽部 も活発に活動しています。 2024/1/20(土)にライブをやるので、よかったらぜひ遊びに来てください。 sites.google.com


明日の弁護士ドットコム Advent Calendar 2023 は @sh_tanaka さんの「モブテスト設計を試してみた話」です。 QAはCRE、そしてSREと同じ部で、共にReliability Engineering を実践する仲間です。 そんな@sh_tanaka さんがどんな記事を書いてくださるのか、読むのが今から楽しみです。